【車輪の下】あらすじ&解説と、ハンスが死んだ理由

ノーベル平和賞を受賞したヘルマン・ヘッセによる「車輪の下」は日本でも人気の小説です。ヘッセの小説の中では世界的には5~6番目くらいの人気なのに、日本では「車輪の下」が1番読まれています。

今回は…

  • 車輪の下のあらすじ紹介
  • 登場人物紹介
  • 「車輪の下」で何が言いたかったのか?
  • 作者のヘッセについて

を紹介していきますね。動画での解説も行っているので、文学が苦手な方はYouTubeチャンネルもご覧ください。

蓮

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ネタバレが含まれる内容なので、見たくない方はここまでですよ!

「車輪の下」の評価(わたしの)。
  • 面白さ:[star rating=”4.5″]
  • 読みやすさ:[star rating=”4″]
  • 導入の引きこみ:[star rating=”4″]
  • 読んだ後の満足感:[star rating=”4.5″]
  • 読むのにかかった時間:30分

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>>本編、風と共に去りぬのあらすじと感想はこちら

車輪の下の【登場人物】

蓮

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  • ハンス・ギーベンラート…物語の主人公。聡明な頭脳を持っていた、感じやすい繊細な少年。母親がいない。
  • ハンスの父…ハンスの父親。
  • ヘルマン・ハイルナー…神学校でハンスの親友となるが、問題行動を起こして退学になる。
  • マウルブロン神学校の校長先生…最初はハンスに目をかけていたが、問題児のハイルナーと仲良くなり、成績を落としたハンスを見捨てる。
  • 靴屋のフライクおじさん…ハンスの生まれ育った村の男性で、子どもの頃からハンスへの詰め込み教育に異議を唱えていた人物。
  • フライクの姪のエンマ…退学になったハンスと2度のキスを交わすが、すぐに村を去る。
  • アウグスト…ハンスの級友で、学校を退学になったハンスが機械工として修業するときに助けてくれる。
  • ヒンディンガー…神学校のおとなしい生徒で、事故で命を落とす。

車輪の下の【あらすじ】

幼い少年時代のハンスは、村一番の聡明な少年でした。母はおらず、父と周囲の大人たちが協力してハンスに知識を教え、名誉ある神学校へ受験させました。しかし、靴屋のフライクおじさんは、幼いハンスに詰め込み教育を施すことを懸念しており、ハンスに子どもらしくのんびり過ごさせたいと度々口にします。

ハンスは周囲の期待を一身に背負って神学校の試験を受け、見事2番で合格し、入学当初はトップの成績をキープします。しかし神学校にいた自由奔放なハイルナーという親友を得てから、次第に勉強をやめて成績を下げていきます。ハンスを心配した校長先生が「疲れすぎてはいけないよ。車輪の下じきになってしまうからね。」と声をかけますが、成績は戻りません。そしてハイルナーは同級生に暴力をふるって退学になり、親友のいなくなったハンスも居場所をなくして退校して故郷に帰ります。

鳴り物入りで神学校へ行ったハンスが、落ちぶれて青ざめて帰ってきたので村のみんなは驚きますが、誰もハンスをとがめません。ハンスは改めて自分の在り方を探ろうとしますが、2度と「少年の日々」には戻れないことを悟ります。フライクの姪のエンマとの淡い初恋も一瞬で消え去ります。

機械工として働き始め、労働の喜びを少しだけ味わったハンスでしたが、週末に仕事仲間に誘われて飲み歩いた帰りに、人知れず川に落ちて亡くなります。

車輪の下の【解説】何が伝えたいの?10個のポイント

「車輪の下」の物語冒頭は、まさかこんな坂道を転がり落ちるような結末だとは思いません。読み進めるほどに胃が重くなり、最後は絶望…救いのない話です。「車輪の下」はいったい何を伝えたかったのか、10個のヒントを元にひも解いていきましょう!

1:少年時代が生き生きと描かれている

主人公のハンスはおそらく12~13歳ほどの少年として登場し、魚釣りが大好きな純粋な「子ども」でした。しかしこのころすでにハンスは「車輪の下敷き」になりかかっているのだと、後になってわかります。特に、「勉強のために釣りを禁じられて大泣きした」という点から、ハンス自身は望んで勉強に身を投じたわけではなく、周囲の期待に答えたかったのだとわかります。

蓮

大人の期待に必死に答えようとして…優しい子なんですよね…健気だ涙

幼い頃のハンス自身にも、野心めいたものがあるように描かれていますが、それよりも強い想いとして「釣りしたい!」が度々描かれています。

2:自然の描写が美しい

詰めこみ教育の合間の魚釣りや散歩の中で見る自然の描写は素晴らしく、ヘッセが小説家であると同時に詩人であることが思い出されます。ハンスの繊細できめ細やかな性質は、神経衰弱になりやすく、そのたびに医者は「散歩をしなさい」と勧めます。散歩の合間に身をゆだねる自然の描写は、確かにハンスの心の癒しになっていると感じます。

蓮

ハンスは色んな人に、何度も「散歩しなさい」と言われてて草。「勉強やめなさい」とハイルナー以外も誰か言ってあげてよw

3:ハンスの素直で従順な様子

ハンスの頭脳に期待をかけた町の牧師さんは、ハンスにひたすら詰め込み教育を施し、机に向かう勉強を勧めます。父もまた、息子を理解しようとしない粗野な面はあるものの、息子の優秀さを自慢して、試験でいい成績をとることを期待します。ハンスは素直で従順で優しい性格で、町の人々のこうした期待にこたえたいと願うのでした。

蓮

釣りに行っていいんだよ、ハンス!靴屋のおじさんの言うこと聞いていいんだよ!

4:神学校の詰め込み教育

詰め込み教育をハンスに強いる、村の牧師からやっと逃げ出して、神学校でのびのびできれば…と思ったけど、やっぱりそうはいきません。

ハンスの入学したマウルブロン神学校では、やはり詰め込み教育を強いられて、ハンスはみるみる疲れていきます。はじめは教師たちのいいなりに従順に机に向かって勉強をしますが、級友たちとのかかわりの中で、自分の生き方に疑問を持ち始めます。

しかしハンスには、勉強一筋以外の、強く望む生き方も想像できず、苦しみます。

5:ハイルナーとの【特殊な】友情

神学校にはハイルナーという天才気質の生徒がいます。芸術家肌で独特の感性と自信をもつハイルナーに、ハンスはなぜか惹かれていきます。ハイルナーはハンスのファーストキスを奪い、2人の友情はホモセクシャル的な危うい描き方をされますが、正確な関係は不明です。

たしかなのは、ハンスとハイルナーの友情は、周囲の理解を得なかったということです。校長は繰り返しハンスに、ハイルナーとの友情を断ち、勉強に向かうように言いますが、ハンスは魂に逆らえぬかのように、ハイルナーとの友情を貫き通します。

6:教師の【本音】

神学校の教師はあらゆる面でハイルナーを嫌います。「天才と教師連とのあいだには、昔から動かしがたい深い溝がある。…学校の教師は自分の組に、ひとりの天才を持つよりも、10人の折り紙付きのとんまを持ちたがるものである。」と、作中でハイルナーについて語っています。そして教師から見て”とんま”であったハンスに対して繰り返し、”天才”ハイルナーとの友情を断つよう勧めるのでした。

7:ハイルナーの退学

ハイルナーは教師たちだけでなく、級友たちからも理解されずに、常にいら立って問題行動を起こすようになります。問題のある新聞記事を発行したり、級友に暴力をふるったり、無断で学校の外で無断外泊などした結果、ついに退学になります。自ら進んで退学になるように、学校に挑戦的に立ち振る舞っているかのように見えるんです。

「車輪の下」はヘッセの少年時代の生い立ちに酷似していることから、ヘッセの自叙伝的小説と言われています。主人公のハンスは作者のヘッセなのだと言われますが、読んでみるとそれだけでは不完全であることがわかります。

ヘッセは「13の歳に、詩人になれないのなら、何にもなりたくない」といい、学校を脱走して、退学。自殺未遂を試みた後に転校して、転校先の学校でも教科書を売ってピストルを買うなどの問題行動を起こして退学になります。ハンスはもちろん、ハイルナーのキャラクターともかぶりませんか?

つまり、ハンスだけでなくハイルナーも、ヘッセ自身の化身のように描かれているのです。そして退学になったハイルナーに関しては、その後色んな経験に果敢に立ち向かって、「しっかりした立派な人間になった」と書かれています。作者のヘッセは自叙伝的小説だからこそ感情移入して、車輪の下敷きにならなかった自分自身の大人になった様子も、ひっそりと書き入れたのでは?と感じました。

8:母親がいない

物語の最初から最後まで、周囲のいいなりに勉強したり、詰め込み教育に疑問を持ったり、かといってそれにあらがう強い意志も自信も持てない弱弱しいハンスに、決定的にかけているパーツは「母親」です。

「母親」そのものでなくても、「母親に変わってハンスの本心を思いやる」人物がいれば、事態はもっとよくなっていたのに、と感じます。周囲の人間はみな、ハンスの外見や能力ばかりに目を奪われ、素直で優しい心を利用して窮屈な学校へと押し込めます。「魚釣りを禁じられたと大泣きするハンス」の本心を、誰ひとり思いやろうとしなかったことに驚きます。

唯一、靴屋のフライクおじさんだけが、「子どもは遊べ」とか「勉強を強いる牧師を信用するな」など、勉強し過ぎのハンスを気遣いますが、関係が遠すぎてハンスには届きません。

ヘッセ自身は神学校から脱走した後、自殺を試みて、ハンスと同じような神経衰弱に陥る時期もあるのですが、心配をし続ける母の存在によって立ち直ります。ハンスとヘッセの違いは「母親がいるかいないか」です。

蓮

シングルファザーの子どもが危ういという意味ではありません。「通常であれば母のように子どもの本心や望みを守ろうとする存在」がいれば、違った結果になっただろうという意味です。

9:自殺の準備

ハンスは神学校をやめた後、やることもなく希望も夢もなく、そして二度と「少年時代には帰れないのだ」と絶望します。「また釣りをしたいが、父に言えない…。」と思い悩みます。そして人知れずに自殺の準備をして、遺書までも用意します。しかしある詩によって現実に引き戻され、苦悩の日々に戻ります。

釣りさせてあげて~( ;∀;)お父さん!ハンスに釣りをさせてあげて!お願いだから!

蓮

「ライ麦畑でつかまえて」の解説でも書いたけど、ハンスも裏町の女将の足元で、無垢に話を聞いていた子どもに二度と戻れないと悟った時、とても悲しそうでした。青年はいつまでも少年でいたいと願う瞬間があるんですね。

自殺を決意しているときのハンスが本当に幸せそうなのが、とても痛々しいです。「死ぬ」と思うと幸福に生きれて、「生きなければ」となるとまた神経衰弱になるなんて、ハンスにとって生きることがいかに辛いかがわかります。

10:淡い初恋

現実に引き戻されてすぐに、フライクおじさんの姪のエンマに出会い(実は初恋の相手)、想い合うようになります。2度の逢引きをして「このまま上手くいくのか」と思ったけど、エンマの方はただの遊びでスグに退場…。ハンスの心に爪痕と、抑えきれない情欲を残して去ります。

蓮

ほぼ自殺を決意しかけていたハンスに、生きる希望を与えたエンマとのキスの効果、すげーなw恋って素晴らしいです♪

11:機械工としての再出発

エンマとの淡い初恋の中で再び「生きたい」という思いに囚われたハンスは(そう思う自分に泣いたりしてる)、機械工として働くことを決めます。村の同世代の青年たちより数年遅れで入ることにおじけづきながらも「また新しい喜びが見つかるかも」と希望を抱いていました。単純労働で流す汗に、満足感も得ました。職場の仲間たちとも上手くやっていけそうな雰囲気を出します。

ハンスは自殺をしたのか?

「車輪の下」のラストでハンスが川で発見されますが、死因は自殺か事故か不明です。それゆえに多くのヘッセファンがハンスの死に関して議論を繰り広げています。

私は、ハンスは「事故死」だと考えます。死ぬ前に浴びるようにお酒を飲み、帰ろうとするハンスに更に仲間がブランデーを飲ませるという「強制新入社員歓迎会」の末の急性アルコール中毒での死亡が妥当な見解です。

蓮

飲ませすぎです、お酒を…

ハンスの遺体を見た父親は、その顔に満足げなほほえみを見出しているので、急性アルコール中毒で川に落ちて死にゆくとき、ハンスは「人生が終わることにホッとした」に違いありません。これでもう、誰かに何かを強いられることは二度となく、夢の世界の中でのんびりと釣りができるのだと、ホッとした表情なのだと感じました。

詰め込み教育をされ、「将来立派にならなければ!」というプレッシャーをかけられ続けた子どもの、悲しい結末でした。

私の感想

私は車輪の下を読んで、「だから詰め込み教育はダメだってば!w」と思いました。

詰め込み教育は、ハマる子にはいいのですが、ハマらない子には最悪です。

少年時代に必要なのは机に向かう詰込み教育ではなく、外でのんびりと自分のしたいことをする時間なのではないでしょうか。靴屋のフライクおじさんが、全くもって正しいです!

詰め込み教育で入った学校で、勉強のし過ぎとプレッシャーで押しつぶされてへとへとで帰ってきたのに、まだ「釣りをしたいが父に打ち明けられない」というハンスの気の使い方が憐れで仕方ありません。子どもがやりたい好きなことをさせてあげられる環境を作ってあげるのが、一番です。

蓮

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ヘルマン・ヘッセについて

車輪の下の作者のヘッセは、ドイツ生まれのスイス人です。車輪の下の主人公ハンスと同じように、幼いころから頭の良さを発揮して、難関試験に合格し、マウルブロン神学校に入学します。そして学校の詰め込み教育に嫌気がさして、半年で脱走…。

その後自殺未遂をして、精神科に入院。長続きしない職を転々としています。詩人になりたい気持ちは変わらず、1899年に「ロマン的な歌」を自費出版します。その後詩人としても、作家としても才能を伸ばし続け、ナチスドイツ下でも平和主義を掲げました。その後スイスに帰化して亡くなるまでスイスの小さな村モンタニョーラで過ごします。

ヘッセは生涯で3度の結婚をしており、最初の妻マリアとの間に3人の子どもを授かっています。次男のハイナー・ヘッセには4人の子どもがおり、ヘッセの血は現代も続いています。

「少年の日の思い出」のトリビア

ヘッセの「少年の日の思い出」は、日本人なら誰しも知っている有名な作品です。

1931年にヘッセを訪ねた日本の独文学者の高橋健二に「帰りに読みたまえ」とヘッセが渡した新聞の切り抜きが、まさにこの「少年の日の思い出」でした。内容に感化された高橋健二が日本語訳して日本で出版。その後、70年間も国語の教科書に載せられ続けるほどの名作として伝えられてきました。

しかし…ヘッセが新聞の切り抜きを高橋健二さんに渡してしまったために、ヘッセの死後の膨大な資料整理の中でもこの作品は見つからず、ドイツやスイスではほぼ知られていません。

2008年に日本で「ヘルマン・ヘッセ昆虫展」として「少年の日の思い出」を具現化した展覧会が開かれたときに初めて、「少年の日の思い出」の貴重な新聞コピーが日本にあることが知られました。

日本という国だけで突出して有名だった「少年の日の思い出」は、実は世界中で日本でしか読むことができない幻の作品だったのです。

さいごに

車輪の下は日本では一番といっていくらい、ヘッセの作品の中でも人気ですが、実は世界的には5~6番目人気です。日本という国が、令和になったいまだに子どもたちに「詰め込み教育」を施すお国柄なので、同じように車輪の下敷きになる子どもがたくさんいることが、日本でのこの作品の人気の理由かと思います…。

「車輪の下」の中ではハンスは「特別な子ども」として目をかけてもらって詰め込み教育をされていて、ハンス以外の村の子どもはのびのびと育っているように描写されています。しかし現代日本では子どもたちは「義務」と称して本人や、家族たちでさえ望まない詰め込み教育を強いられています。

勉強が好きで得意な子ならいいのだけど、勉強が苦手な我が子が、家に帰ってからまで膨大な宿題に疲弊しているのを見るのは、本当に辛いことです。

令和の日本でも改めて、子どもたちを車輪の下敷きにしないために、考え直してほしいと、1人の保護者として切に願います。

「車輪の下」を読んで、改めてそう思いました。